2013/07/24 STAFF BLOG

 ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミンは、映画というメディアに対して、触覚的(taktisch)受容という言葉を用いました。一方で、絵画や写真を鑑賞することを視覚的受容とします。ベンヤミンは、触覚的に受容するメディアの例として、建築をあげています。なるほど建築物は、目で見て楽しむばかりでなくその空間の内部に入り、触覚的に体験することができます。映画が触覚的である理由の一つには、建築同様、そこに空間を感じることができる点があります。平面が2次元であるのに対して空間は3次元ですが、映画はフィルムを回すことによる時間軸の追加によって空間を現出させています。
 映画の登場以前を振り返ってみても、パノラマやジオラマ、覗きからくりなどが目指しているのは空間の再現でした。様々なトリックやギミックを使って人間の知覚を欺き、平面を空間と見せかけようとしてきたのです。まさにバーチャルなリアリティそのものといえます。

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ベンヤミンが最後の刻を過ごした国境の街ポルボウ
(2003/08筆者撮影)

 同じく体験するメディアであるパノラマVRもやはり触覚的なメディアであると考えられます。パノラマVRの原理は、立方体や円柱の内部に二次元の画像を投影し、空間が広がっているかのように錯覚させることにあります。QuickTimeVRの産みの親であるAppleは、二次元から三次元空間を生み出すことをさして、バーチャルなリアリティと名づけました。パノラマVRはあくまでも平面のディスプレイを通してしか受容することができませんが、それでも我々は写真や絵画のようにパノラマVRを視覚的に鑑賞するのではなく、そこに映しだされている空間を体験することに価値をおきます。まさに「あたかもその場所にいるかのような」という言葉は、パノラマVRの価値を端的に表現した語であると言えます。近年流行しつつあるMotionVRは、パノラマVRに時間軸を加えることができる技術であり、さらに高度なリアリティを獲得する手段の一つであるといえるでしょう。(一方で、強制的に時間やカメラが流れていくため、使い方を間違えると「見せられている」感覚を受けるメディアでもあります。この他、MotionVRについてはまた別途考察したいと思います。)

 そして、映画が物語性を獲得することによって、再現から表現のレベルへ繋がる新しい可能性を得たように、パノラマVRもまた単なる現実の再現にはとどまりません。ソフトウェアテクノロジーに由来するパノラマVRは、物理的制約のない無限の可能性を秘めています。Googleおみせフォトや各種パノラマガジェットの登場により、パノラマVRはより身近なメディアとなって来ました。より美しいパノラマあるいは、より現実に近いパノラマを突き詰めていく事と同時に、現実の再現を超えた新しい価値を付加していくことこそが、これからのパノラマVRが目指す未来であるといえるでしょう。